今回お話を伺ったのは大学卒業と同時に起業し、2度のサービスリリースと挫折を経た現在、エンジニアの育成支援を行う株式会社div代表の真子就有(まこ ゆきなり)さんです。同社が運営するTECH::CAMPでは、未経験からプログラミングができるIT人材を輩出し、卒業生には多くの起業家もいるほど。ご自身の起業体験や今までの道のり、また起業家にプログラミング能力は必要なのか、などを伺いました。
真子 就有 氏
1989年生まれ。青山学院大学在籍時代からエンジニアとして複数のITベンチャーに勤務。在学中に起業後、複数のサービスリリースを経験。「サービスを生み出すひとを増やしたい」という想いのもとTECH::CAMPを設立。TECH::CAMPでは開始からこれまでに8000人以上の卒業生を輩出している。2015年11月Forbes誌「注目のUnder30起業家10人」に選出。
「やりたいことをやりきる」だけ
――大学卒業と同時に起業したとのことですが、もともと起業家志望だったということでしょうか。
はい。漠然となにか大きいことを為したいという想いはありました。僕が学生の頃はミクシィやfacebookがちょうど台頭している時期で、大きいことができる何かは、PCで世界を変える力を持つITだなと。ですから、ITやスタートアップというワードには興味を持っていました。
大学は理工学部へ進学したものの、学業よりもベンチャーのインターンに注力していました。内定をいただいたのも、2社目のインターンでお世話になった社員数20名ほどのITベンチャーからでした。
その当時、起業したいという気持ちもあったのですが、エンジニアスキルもビジネススキルも無かったため、まずは、一人手探りで始めるよりも成長企業で勤めながらスキルを学んだ方が効率はいいだろうと思い、一度は就職を決めました。
ただ、内定をいただいて大学を卒業するまで、内定先でエンジニアと人事のお手伝いをしつつも、どこか起業という選択肢を捨てきれない自分がいました。
特にやりたいサービスやビジョンも無かったわけですが、今就職したらレールに乗った人生が待っているのではないかという危機感があって。卒業する間際まで悩み、最終的に内定を辞退し、今のdivの会社登記だけしました。
――プランも何も無いなかでの起業に不安は無かったのでしょうか。
怖さはありました。起業して社員を食べさせていけなくなったらどうしよう、倒産させてしまったらどうしよう、サービスが上手くいかなかったらどうしよう、そういった考えが頭をよぎらなかったわけではありません。
ただ、内定辞退前に岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て」という本に感銘を受けて、「人生において大切なことは、やりたいと思ったことをやりきること」だという価値観に変わりました。
他人から見た評価ではなく、自分の物差しで測った自分の価値を大切にするのが美しくかっこいい生き様だと思えたのです。その結果、プランも、資金も、仲間も何もないけれど、起業しようという結論に至りました。
2度の挫折
――はじめてのプロダクトは、コミュニティ系のサービスでしたね。
そうです。「log(ログ)」という人の興味を可視化したコミュニティサービスです。
―感動コレクションlog 大好きな作品を簡単に記録しよう。―
当時、人とのつながりを可視化したフェイスブックが伸びていました。人間関係をネットに置き換えて、あれだけ成功したのであれば、趣味嗜好もネットに置き換わったら面白いのではないかという発想でした。
リリース当初は2日間で4万件を超える投稿があり好調でした。自分の好きな映画や本、音楽、ゲームなどのエンタメ分野をネットに投稿して、いいねしてもらう。ツイッターでもバズって、もしかしたら数千万人、数億人が使うサービスに成長するかもしれないと思いました。
しかし、勢いは最初だけでした。僕らの意図としては、好きな趣味を持つ人同士でコミュニティを形成して、毎日ログインしてもらうというものだったのですが、コミュニティ形成が上手くいかず、自分の趣味嗜好を記録するだけのサービスになってしまい、うまく広がりませんでした。
VCから資金をいただいたのですが、それも尽きてしまい、受託で稼ぎ、logに投資してという自転車操業状態になります。
「このままではいけない。」そういう危機感のもと、logの反省を活かして次のサービスを作ろうとしました。それが、見知らぬ男女が5・5でコミュニティを作る「Class(クラス)」というサービスです。
―同い年と過ごしたあの青春時代をもう一度体験できるSNS―
小学校、中学校の頃の友達作りは、ランダムで集まった40名程度で仲良くするという、至って単純なものだったと思います。ですが大人になってからはその体験はまずありませんよね。「かけがえのない友達との出会い~きっかけは同じクラスになったことでした」というコンセプトは、リリース前から話題になり、事前登録数だけで数万人はいました。
しかしながら、サービスが追いつかず品質の悪化、バグの発生などが起き、最終的に3ヶ月でクローズしてしまいました。同時に、社員が僕を除き全員辞めてしまい、起業してから2年半を経過して、残ったものは、インターン生2人と銀行からの借金だけでした。
――そのときに真子さん自身も辞めようとは思わなかったのでしょうか。
それは全く思いませんでした。人生において最も大切なことは自分のやりたいことをやり切ることだと考えていたからです。
自分の生き様は自分で決めることはできます。しかし、結果をコントロールすることはできません。失敗したら、そこから学び、また前に進むだけです。
また、自分を信じて資金を預け任せていただいた方になにも恩返ししていないなか、会社を放棄するということはできませんでしたね。
ただ、劣等感を感じないかというとそうではありません。例えば同時期に起業したGunosyやMERYのようなサービスが伸びていて、自分とは天と地の差がついていました。「自分は自分のやりたいことをやる」と腹を括ってはいたものの、時々「自分は何をやっているんだ」「このまま一生何もできないのではないか」という無力感が襲ってきました。その度に、「自分は自分の人生を生きるんだ」と何度も言い聞かせていたのを覚えています。
きっかけは原体験から
――そこからTECH::CAMPを立ち上げるということですよね。
そうですね。
僕らは、ハイリスクハイリターンなサービスに挑戦し続けていました。今を振り返ると、創業した2012年から非ゲームのコミュニティサービスは数多くリリースされましたが、大きく収益を上げているサービスは、LINEくらいです。それだけ、コミュニティサービスはビジネスモデルとして困難を極めるということが分かります。
しかし、お金も、仲間も何もかもリセットされてしまった以上、「無料で人を集めて使ってもらうサービス」は一度辞めて、「価値ある役務に対してお金を払っていただく」というシンプルなビジネスモデルをやりたいと考えました。
あとは何をやるかですが、「自分に何ができるか」と、「これから伸びる市場」を意識して事業を考え、そしてプログラミング教育事業TECH::CAMPが生まれました。
TECH::CAMPをやろうと思った理由は自分の原体験にあります。プログラミングを独学で始めた当初、周りに聞ける人がおらず、とても苦労しました。自分でサービスをつくれるまで1年半かかるほどです。
一方、起業した直後、プログラミング未経験のインターン生が、2ヶ月足らずでアプリを一人で作っていたのです。この差は歴然でした。僕が独学で習得したプログラミングは、誰にも聞けず一人で頭を抱えた非効率なもの、他方、インターン生が習得したプログラミングは、わからない事があると隣の席の僕がいつでも質問に答える効率的なものでした。
この体験をきっかけに、「誰かに気軽に相談できて、絶対に悩まない、行き詰まることの無い」プログラミングスクールにニーズがあるのではないか、という着想に至りました。
これからの教育サービスの本質的価値は「共感者の提供」になる
――現在、これだけ通信技術が発達している中で、「リアルな教室」にこだわる理由はあるのでしょうか。
コスト面だけを考えると、家賃を減らし、全てオンラインで学習する方法にしたほうがコストは抑えられます。ただ今のところ、いつでもメンターに質問ができる教室を無くすことは考えていません。
僕はこれからの教育サービスの本質的な価値は、「共感者の提供」になると考えています。
今、情報の価値はどんどん低下しています。これだけインターネットや本が普及していて、情報が簡単に安価に手に入り、情報のみでお金をとるということはそれだけ難しいということです。特に、教育においては基礎の部分は大きく変わることはないので、教材はどこの企業が作っても大体一緒になるはずです。
誤解のないようにいうと、TECH::CAMPで使用する全ての教材は、オリジナルで製作し、何千回も改修した、どこよりも分かりやすいものとなっている自信があります。
ただ、「教材が良いから東大に受かった」という人がいないのと同じ理屈で、教材自体が学びの本質的な価値には成り得ません。
例えば、ライザップの「炭水化物を取らずに筋トレをすれば痩せる」という情報自体は、周知の事実です。しかし、あれだけ顧客を獲得しライザップが成長した理由は、お客さんが具体的な痩せ方のような方法ではなく、場所とトレーナーを用意して「やりきらせてくれる」ことに価値を見出したからです。
――TECH::CAMPにおいても、「やりきらせる」ことが重要ということでしょうか。
そうです。人に何かを「やりきらせる」ためには、自分を支えてくれる共感者との約束が重要です。
明日から毎朝7時に起きて勉強しようと言っても、ほとんどの方は三日坊主で終わるでしょう。しかし、信頼を寄せる仲間と毎朝7時にカフェに集まって勉強しようと約束すると達成出来る確率は飛躍的に上がるはずです。
人は、自分との約束はすぐに破りますが、他人との約束は破りにくくなります。特に信頼を寄せる他者との約束だとより効果的です。では、どうすれば信頼を得ることができるのか。それは、学習者の気持ちに共感してあげることです。
プログラミングを勉強していると最初は分からない事だらけです。解決できず詰まっているときに、「ここは難しいですよね!私も最初は理解できませんでした。まずは、こうやってみたらどうですか」という他者の気持ちに寄り添った共感の一言をかけてくれる存在、自分のことを理解してくれる存在がいると気持ちが楽になり勉強が楽しくなります。
このような自分を応援してくれる共感者が「次はここまでやってきましょう」と約束を重ねることで、人は何かを「やりきる」ことが出来るのです。
この価値提供は人間にしかできません。よほどの技術革新が無い限り、AIに置き換わることは無いでしょう。そしてその環境は教室がベストだと思っていますし、環境も含めての教育が、一つの価値になると僕は考えています。
プログラミングスキルの必要性を感じる起業家が増加?
――起業するにあたってプログラミングスキルは必要でしょうか。
持っていたほうがいいと思います。僕自身も起業を経験してきたなかで、プログラミングスキルの必要性を感じたことは多々ありました。
そもそも起業から間もないスタートアップにおいて、優秀なエンジニアを雇うということは難易度が相当高いです。他方で、プロダクトの開発を外注するとしても費用が高くつきますし、スタートアップの現場では事業をピポットすることは多々あるわけですから、その都度発注していたら、それこそ資金が持ちません。
また、プロダクトが企業の源であるということは、エンジニアに企業の命を握られているのと同義です。スタートアップ企業での解散理由で多く挙げられるのは、エンジニアとの仲違いなのです。僕も2個目のプロダクトの後、みんなが辞めてしまうという会社存続の危機に陥りましたが、自分自身でコードを書いていたこともあって、なんとかなりました。
ほかにもアイデアを自分の手で形づくることができるというのは、非常に大きなメリットだと思います。エンジニアとの共同となると、どうしてもニュアンスのズレなどが生じがちです。それが後々大きなズレとなって、失敗ということもあるかもしれません。
実は、TECH::CAMPを受講する前の皆様へアンケートをとっていて、どのようなきっかけで受講を検討しているか、という項目に対して「起業」と答える方が多いんですよ。
海外に目を向けると、facebookのマーク・ザッカーバーグ氏、Twitterのジャック・ドーシー氏、国内だとメルカリの山田進太郎氏など、エンジニア系の起業家が生み出したプロダクトが注目を集めているということも一つ要因として考えられるのでしょう。
ただ、起業の必須スキルというものが曖昧で不明確であることは間違いありません。それにもかかわらず、プログラミングスキルが重要だと認識している起業家の方が増えてきているということですね。
起業を検討中の方はぜひ、一度TECH::CAMPに足を運んでみてください。
――実際にTECH::CAMPを卒業して起業されたという方も多いのでしょうか。
多いですね。代表的な例でいうと資金調達の総額約21億円のWealthNavi(ウェルスナビ)の柴山さんなど、僕が直接繋がって把握しているだけでも10社以上はあります。もっとも、卒業した半年後や1年後に会社設立されているため、追いきれていない方も含めると、20社〜30社以上はあるかと思います。
TECH::CAMPの卒業者が集まる経営者の会を定期的に開催していますが、様々な分野で活躍されている起業家、経営者がいらっしゃるんだな、と感じますね。
世の中に多くの活きたエンジニアを輩出する
――今後の展望を教えてください。
「全ての人が幸せに生きる世界をつくる」というビジョンのもと、生産性と人材価値の向上を目指しております。
他方、日本のエンジニア不足は顕著であり、「ITの急速な発展とそれに伴う需要」と、「労働人口の減少」を背景に、2030年までに約79万人のIT人材が不足するだろうというデータもあるほどです。国の教育システムだけではなく、民間の教育機関の力が必要となることでしょう。
去年、TECH::CAMPは、従来のプログラミング専門スクールから、最新のテクノロジーに精通した生産性の高い人材を輩出する「テクノロジースクール」として生まれ変わりました。プログラミングはもちろん、AI、デザインやファイナンス等のビジネススキルまでカバーして、これからの時代に活躍できるスキルを磨くことができるスクールになっています。
また、TECH::EXPERTというエンジニア未経験の方が即戦力エンジニアへの教育と転職を一貫してサポートする事業も提供しています。こちらは、開始から1年間で100名以上の就業決定の実績があり現在急成長しています。学習生産性にこだわっているため、未経験から三ヶ月後に、元エンジニアの自分よりも技術力が高いのではないか?と思えるような卒業生も出てきています。
――最後に、エンジニアが増えるためには?
これからの産業の中心はテクノロジーであり、主役はプログラムを書けるエンジニアです。しかし、テクノロジーを学ぶ重要性に多くの人が気付いていません。全員がエンジニアにならなくても良いので、国語算数のように一般教養として理解しておくべきなのです。
まずはプログラミングやテクノロジーの知識や技術の習得に自己投資することが長期的に役立つものだという価値観ができるよう、僕らがテクノロジーを学ぶ重要性を啓蒙できたらいいなと思います。
教育事業を通じて、テクノロジーに精通した人材やエンジニアが生まれることで、より幸せに生きるきっかけを提供できると信じています。