村上隆、草間彌生、奈良美智など、世界に名だたる現代アーティストを輩出している日本だが、国内のアート市場をみると、約3,000億円と7兆円ある世界アート市場からのインパクトは弱い。「アート全体のマーケットは3,000億円あるが、実際に現代アートの取引流通をみたら、たった300億円。その内訳をみたらほとんどが上位数%のアーティストによるもので、その下には約4万人のアーティストが国内にいる」と今回取材をした起業家 井口氏は話してくれた。アーティストの可能性を自国にとどめず、世界で評価される”場”をプラットフォーマーとして構築する、アート×スタートアップの注目企業について取材をしました。
プロフィール(株式会社TRiCERA 代表取締役 井口泰氏)
大学卒業後、老舗音響機器製造業に入社、アジアパシフィック統括本部にてキャリアをスタートする。ドイツ最大手医療機器メーカーに転職、医療機器の受発注に従事、プロジェクトリードとしてシステム導入に尽力する。2015年、世界最大手スポーツカンパニーに入社。2017年には日本の直営店舗サプライチェーンを統括するマネージャーとなり、グローバルプロジェクトに参画、日本国内においても複数の新規プロジェクトを立ち上げ実行する。2018年11月1日、株式会社TRiCERAを設立する。
株式会社TRiCERAについて
ー 事業内容について、教えて下さい。
株式会社TRiCERAでは「創造力に国境なんてない」というビジョンの元、現代アートのグローバルマーケットプレイス「TRiCERA ART」の開発・運営をしています。
ー 「TRiCERA ART(以下、トライセラアート)」とは、どんなサービスなのでしょうか?
日本やアジア諸国をはじめとした、世界中のアーティストが自由に作品を発信・販売でき、そして、それを世界中のアートラバーに届けることが出来るグローバルマーケットプレイスになります。
特徴としては、国内サービスでありながらも既に「グローバル」に向けてつくられているという点です。7カ国の言語に対応したWebサイトをはじめ、世界各国への配送対応も標準化しています。
ー 登録しているアーティストの方々は、どうやって集めているのでしょう?
自社でのスカウトと、アーティスト側の応募の2軸で集めています。
ー 現在の日本アート市場についても、教えて下さい。
文化庁が発表しているデータでは、現在国内には約4万人のアーティストが存在しており、市場規模についてはアート市場全体で約3,000億円と言われています。ただ、そこから現代アートの流通だけに焦点を当てると、約300億円となっており、その大枠を国内のトップアーティストが占めていると考えると、まだまだアーティスト側の実情は厳しいというのが現状です。
ー なるほど。海外と比較した時には、どんな数値が出ているのでしょうか?
レートの変動もあるので多少数値は前後しますが、世界のアート市場は6-7兆円あります。個々の国別に見れば、アメリカが約3兆円、中国が約1.6兆円という規模になっており、その内の半分が現代アートの流通になっているとも一部では言われており、その点は日本との大きな違いになっていると感じます。
ー 市場の規模もそうですが、市場に対してのおよそ一割が現代アートの流通になっている日本とは大きな違いですね。
実は、日本の残り9割には、葛飾北斎やゴッホといった、我々学生時代からお馴染みのアーティストの作品などの商品などが入っており、海外に比べて「生きているアーティストの作品」を買うことに対しての意識の差はあると感じます。
SNS時代にマーケットプレイスは必要か!?発信以外に求められる2つの要素
ー InstagramやTwitterなど、アーティストが直発進・直コンタクトできる時代になった中で「マーケットプレイス」の必要性・提供価値には、どんなことがあるのでしょう?
大きくは2つあります。
1.インフラの整備・構築
2.信頼性・安全性の担保
一つ目の「インフラの整備・構築」ですが、例えば、国際配送に対応したデリバリーにおいては、個人対応と弊社を通じた配送をするのでは、価格に10倍の開きが発生するケースもあります。これは個人・法人の違いもありますが、単純に我々がコンスタントに物量を出せているので、それだけスケールメリットが効いているというのも大きいです。コスト以外にも、配送手続き・インボイスの作成、それ以外では母国語以外の他言語への対応など、アーティストが一人でそれを負担するのは、現実的ではありません。
そして二つ目は「信頼性・安全性の担保」です。これは、個人間やり取りにおける様々なリスクを我々が担保するという意味です。グローバルを対象にした時に、そのアーティスト・購入者が信頼出来るか?という確証は、正直SNSで繋がった程度では分かりません。加えて、海外の場合は詐欺サイトの割合も日本の100倍近く存在する為、モールサイトを装う詐欺サイトも存在します。そういった全てのリスクを踏まえた、【信用機関】としての役割をアーティスト・購入者に向けても提供出来ていると思います。
仰る通り、SNSによってギャラリーを通さずともアーティストが世の目に触れる機会は増えました。しかし、それを全てをアーティスト個人でやるにはまだまだ限界がある、というのが現時点での回答です。
ー なるほど、納得です。
20-30年前に比べ、世界のトップアーティストに日本人の名前が上がることは実際増えましたが、これからもっと世界に売っていくには、我々の様な立場の人間がもっと発信していくことが不可欠だと感じます。元々はそれをギャラリーが担っていたのですが、国内ギャラリーだけでは限界もあるので、そこの新しいエコシステムも役割として担えたらいいと思っています。
「年収こそ全て」キャリア・お金にこだわってきた外資時代から起業に至るまで
ー 起業することの意識についてはいつ頃からお持ちだったのでしょうか?
2018年11月に起業しているのですが、その年の前半くらいまでは全く思っていませんでした。それまでの私は、年収や職位といったステータスを追い求めて仕事をする様なタイプで、当時は「年収こそ全てや」みたいな人間でした(笑)
ー そうだったんですね!そんな思考の井口さんが変化するキッカケでもあったのでしょうか?
二つあって、一つ目はナイキに在職中、縁あって【グローバルプロジェクトに参加したこと】です。そのプログラムでは「どうやってイノベーションを起こすのか?」という、フワッとした問いに対してのディスカッションがありました。そのプロジェクト自体は、自分以外は組織の中でもトップオブトップのエリートたちが集まって開かれた会だったのですが、そのチームが辿り着いた答えは「上位のリーダーたちをいかに巻き込むか」というモノでした。僕から言わせてもらったら、(それHOWの部分じゃないの?)と思いつつ、超がつくほど優秀な人を集めても、そういう議論にしかならないのか、と違和感を持つ様になりました。
そこから別の機会でナイキの初期メンバーとも話す機会があったのですが、創業に携わった立場の人間と、今の組織にいる人間の見据えている世界や視座の違いにも驚き、結果的にそのプログラムに参加したことによって、自分の中で大きな意識の変化が生まれました。
そして、二つ目は【子どもが生まれたこと】です。この子が大きくなって、毎週ヨレヨレに疲れた姿を見せている自分より、親父としてリスクをとってチャレンジする姿や、生きた証を残すまでとはいかずとも常にファイティングポーズを取っている姿を見せたいと思いました。「(ウチの親父は)いつもつまらなそうに仕事してる」と言われる自分より、「(ウチの親父は)めっちゃ楽しそうに生きている」と言われる自分でありたいし、自分の子どもにもそういう選択や人生を生きてもらいたいと思ってます。
ー なるほど。井口さんとアート自体には、どんな繋がりがあったんですか?
私自身の話すると、元々中学生まで子役をやっていて、立場は違えど「表現の世界」に身をおいていました。それと同時に「夢をドロップアウトする」立場の辛さも理解しているので、そういう意味ではアート全般というより、アーティスト側への想いが強かったです。
ー そこから、TRiCERA(事業)を想いついた経緯についても教えて下さい。
アーティストの友人もいる中で、アーティストとして生計を立てていくことの難しさは話に聞いていました。それと同時に、ロジスティクスの部分や言語を含む様々な要因が、【海外に出ること】の障壁の高さになっていることにも気が付かされました。外資で、それらを経験してきた私にとってはその障壁自体は決して高くなく、改めて、そこの障壁を解消するマーケットプレイスの必要性に気付かされ、TRiCERAの構想は生まれました。
ー アーティストが苦手を感じる、言語・ロジスティクス・プロモーションは、正に井口さんがキャリアで経験してきた内容だったわけですね。
おっしゃる通り。
今後について
ー 中長期的な展開について、お教え下さい。
現時点では、アートが売買できるマーケットプレイスがメインですが、それだけではないアートのエコシステムを構築していく為に色々と準備をしています。会社を主語にすると、それはシンプルにマネタイズのバリュエーションを増やすという意味にもなりますが、アーティストにとっては、アートで生業をつくる為の新しい選択肢を提供するということです。
私たちは、それをアーティストによる経済圏「ニューアーティストエコノミー」と呼んでいますが、そんな世界をつくっていきたいと思っています。
ー 最後に、記事内でお伝えしたいPR事項などあれば教えて下さい。
会社としてもアートを軸に、どんどん新しいチャレンジをしていきます。
今年の夏に宮城県の石巻を会場にした、総合芸術祭「リボーンアート・フェスティバル」が開催されていますが、彫刻家・名和晃平氏の彫刻作品「White Deer (Oshika)」の原盤3Dデータ/コンセプトムービー/ドキュメントムービーを含むデータパッケージを、NFTとして販売します。
NFTという言葉は皆さんも色々なメディアでご覧になっているかと思いますが、NFT × パブリックアートという取り組みは国内初になります。是非、こちらの活動にも注目頂けたらと思います。
参照:名和晃平氏の「White Deer (Oshika)」の原盤データをNFT化石巻市へパブリックアートの寄贈を目指す11月12日22:00にリリース
ー 今後の御社の取り組みにも注目ですね!本日は有難うございました。
こちらこそ、ありがとうございます。