ネットオークション、フリマアプリなどの登場により、現代はモノの売買が容易になった。
とはいえ、企業の売買(M&A)はそう簡単にはいかない。身近な小物と違って需要が極めて限定されるため、まず買い手を探すのが困難だ。
しかも、営業活動中の企業が「身売りします」と公に宣言してしまうと、現に動いている事業に支障が出るリスクも大いにある。
「もっとスムーズに、売り手と買い手がwin-winになるM&Aができるプラットフォームを。」
今回はその想いを実現した起業家のお話である。
及川 厚博(おいかわ あつひろ)氏
M&Aクラウド 代表取締役COO。1989年生まれ。大学在学中にIT専門の事業開発会社Macropusを立ち上げ、東南アジアでオフショア受託開発事業を展開し、2015年に同業他社に数億円で事業譲渡。
M&Aクラウドとは
匿名での企業情報入力
売り手企業は、まずは財務情報(業種、本社所在地、前期の売上高や営業利益額など)をプラットフォーム上に入力する。匿名での入力というのがポイントで、この時点で企業名を明かす必要はない。
そしてこの入力情報が基となり、M&Aクラウドが独自に構築したシステムを介して、売り手企業はM&A診断レポート(自社の企業価値がわかるレポート)を得ることができる。企業価値の算定について、及川氏が解説する。
不動産や一般的な商品と異なり、M&Aには相場というものがありません。「経常利益の4倍が企業価値だ」と言われることもありますが、弊社では独自にデータベースを構築し、類似ケースとの比較等によって、企業価値に客観的な根拠やロジックを持たせるようにしています。
専門家の集約
売り手企業が買い手、しかも「適切妥当な」買い手を自力で探し当てることの困難さは想像がつく。そこで、M&Aクラウドは、売り手企業の便宜を図るべく、買い手の情報を豊富に保有しているM&A業者の集約を図った。
もっとも、M&A業者であれば誰でもOKというわけではない。審査基準をクリアした、厳選されたM&A業者のみがM&Aクラウドへの登録を許容される。それでも登録業者数は業界1位だという点は特筆に値する。及川氏は語る。
業界1位というのは狙っていました。1位じゃないと覚えてもらえませんから(笑)
そしてこの専門家たちが、売り手企業が入力した情報を参照し、自らのネットワークの中から買い手候補をピックアップ、売り手企業にオファーを出す。
売却交渉~成立まで
売り手企業は、届いたオファー(場合によっては複数)を吟味し、売却条件に適した買い手候補を挙げたM&A業者とアドバイザリー契約を締結する。両者が協同して売却戦略を練り、買い手候補の企業と売却交渉を進める、といった流れだ。
売却条件は必ずしも一様ではありません。純粋に売却価格の多寡で売却先企業を決めるベンチャーもあれば、売却後も従業員を継続雇用してもらえるかどうかを重視する中小企業もあります。
事業のルーツ
及川氏がM&Aクラウドのサービスを始めたきっかけは、自身の事業売却の経験に基づくものだという。
以前私は、オフショア開発の事業を売却したことがあります。結果的に売却先は見つかったのですが、条件が合わず交渉不成立の場合もあったりと苦労しました。
何よりも、自分が既に持っている伝手、既知の相手からしか売却先を探せなかったことに選択肢の狭さを感じました。そこで、もっと幅広い選択肢を持てるようなプラットフォームがあれば、と考えたのがM&Aクラウドの原点です。
さらに遡ると、氏の大学時代の過ごし方が事業の糧になっているように思えた。
私は大学受験に数学で失敗しました。ですので、学歴に代わる何かが欲しいという思いと、数字に強くなりたいという思いがありました。
大学入学当時(2008年)は不況だったため、起業したいという考えも相まって、公認会計士取得~監査法人就職~コンサルタント転職~起業、というストーリーを描き、会計士の勉強を始めました。
自分が座学に向いていないことにもっと早く気づくべきでしたが(笑)、1年の夏から3年の夏まで1日10時間勉強していました。あの時学んだ知識は今の事業を運営する上で非常に役立っています。
挫折感を見事に昇華させて自己研鑽への原動力とし、現在の自身の礎を築いた及川氏。
後々どういう形で役に立つかは必ずしも予定通りにいかなくても、腐らずに努力することの尊さを改めて知った。
事業に込められた想い
M&A業界の視点からも、今の日本は忌々しき状況にあるという。
M&Aを取り巻く現状の課題は、60万社の企業が後継者不足を理由に廃業のリスクを抱えており、しかもそのうち約3分の1が黒字企業であるということです。
事業承継の成否はGDPにも大きく影響します。M&Aクラウドを通じて、地方も含めた日本全体の経済を活性化したいという想いが強くあります。
M&Aクラウドの経営理念についても伺った。
M&Aクラウドでは、自社の企業価値をいかに高めるかということに重きを置いています。
企業価値=利益(実力)×期待値(未来)で、ベンチャーである以上は期待値の高いことをどれだけやっていくか、能力以上のものをどれだけやっていけるかということが大事だと考えています。
現在、新規サービスについても水面下で鋭意進行中だとのこと。そちらの発表も楽しみにしたい。