日本文化をデザインで繋ぐ。メイドインジャパン・FROM NIPPONと呼ばれるその日まで 【起業インタビュー第55回】|起業サプリジャーナル

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日本文化をデザインで繋ぐ。メイドインジャパン・FROM NIPPONと呼ばれるその日まで 【起業インタビュー第55回】

公開日:2017.12.21

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歴史や伝統文化の継承と聞くと、そんな背景を家系に持っているとか、身近に知り合いがいるでもしない限りは、どことなく他人事に感じてしまいがちです。今回インタビューした境氏も、正にその立場から現在に至った若手起業家です。歴史を受け継ぐ日本の伝統文化とデザインをビジュアル(見せ方)とシンキング(思考)をかけ合わせて、新たな価値を見出す境氏の取り組みについてお伺いしました。

 

境悠作氏

1988年生まれ。父親が福岡県出身で帰省時に福岡の文化に触れて魅せられる。2007年明治学院東村山高校を卒業し、Wartburg College 経営学部入学。2009年 Northeastern University 経済専攻経営副専攻転籍。2014年にバンタンデザイン研究所プロダクトデザイン科卒業。船舶設計会社に就職するも、2016年に離職してフリーランスとしてデザイン業務に携わる。2016年LEXUS NEW TAKUMI PROJECTにて表彰。

 

FROM NIPPON(事業内容)について

> FROM NIPPONの事業内容をお教え下さい。

FROM NIPPONは、地場産業、伝統工芸技術などの優れた地域特有の技術を用いて現代の生活にあったプロダクトを作って、産地と手に取る消費者の間にある様々なギャップを埋めて外に向けて発信していこうというプロジェクトです。

 

> 地域の地場産業を活用したモノづくりは他にもあるかと思いますが、どんなところを差別化とされているのでしょうか?

デザイン面での話をすると、”形”でわかるモノづくりを心がけています。これは「シルエット(影絵)で分かるキャラクターじゃないと売れない」という漫画の売れる鉄則から影響を受けています。

後は今のデザイン産業自体の構造として「作る→在庫を抱えてもらう」でモノづくりが完結していると思うのですが、作って終わりではなく、プロダクト完成後の流通計画の策定・小売業者とマッチングさせるまでのプロモーションを手伝うところまでも手がけています。そのためにクラウドファンディングを用いて、資金調達だけでなく、情報拡散やそこで得られるマーケティングデータの収集までを作り手と一緒にやっています。

 

> これまで、どれくらいのプロダクトを手がけられてきたのでしょうか?

現在手がけているものも合わせると合計で7つのプロダクトを手がけてきました。

関わる地域も様々で、東京、千葉、富山、福岡などがあります。

 

> 元々その地域に繋がりがあった訳ではないですよね?プロダクト元となる作り手はどうやって見つけているのでしょうか?

その地域に繋がりがあってという事例はほとんどないですね。今は、作り手さん側からお声かけを頂いたり、私から声をかけたりとあるのですが、主には2つです。

1つは、昨年LEXUS主催のNEW TAKUMI PROJECTという取り組みで、福岡の伝統工芸を使ったプロダクト「隼波-hayanami-」が選出された経緯もあって、そこから興味を持って連絡をくださる経緯。

もう1つは、私からの営業です。百貨店が開催する焼き物市や地方物産展に足を運んで、興味を持った先にアプローチをかけています。実際その場で製品や技術に対して、ものすごく質問をしていくと「そんなに興味があるなら1回うちに来い」といった風になります。そうなれば営業の第一フェーズとしては合格ですね(笑)

LEXUS NEW TAKUMI PROJECTにて表彰を受けた作品。福岡県の伝統工芸技術である博多曲物の工房と協力して製作した平皿。

 

デザインにたどり着いたのは「手段」。デザインとは無縁な人生からデザイナーへの転身へ

> 活動に至るには、どんな経緯があったのでしょうか?ご実家がそういったモノづくりの家庭だったとか?

いや、私自身の家庭はそうではないのですが。私の祖父が経営者だったこともあり、小学生の頃から起業や経営者に強い憧れを持っていました。高校選びや海外の大学に進学したのも、将来を逆算して考えて選択をしていました。

 

> 小学生からですか?その年齢の考えとしてはすごいですね(笑)

はい。ただ、当時から何を経営したいのか?といった具体性は持っていなく、それは高校や大学に進学しても変わらずでした。そんな中で経営や経済を学んでも結局は空疎になってしまったのもあり、実践に移すまでは時間がかかっています。そんな中、もう少し自分の中でイメージが湧く経営がないかなと思ってた時に出会ったのが「デザイン」でした。魅せ方を変えるだけで、こんなに印象を変えるデザインの魅力が経営学で学んできた”価値の再構築”と通ずるところもあり、これまでに学んできた、経営的思考で物事を捉えるデザインシンキング(思考)と、形を作るデザイン(手段)が一緒に出来るというポジションが自分の市場価値として見出せないか?と考えて、デザインした後のサポートまで介在する今のフォーマットを思いつきました。

 

> へえ!それまではデザインやアートには興味を持っていたのでしょうか?

いや、それが全く。その考えに至ってから2年制の専門学校にいくのですが、先生から「この絵はなんだ」と言われるレベルからのスタートでした(笑)

 

> 初めから日本文化や伝統工芸を活かすプロダクトデザインを考えていたのですか?

いえ、その考え自体も最初は無くて。転機になったのは、専門学校の2年間です。当時私の選んだプロダクトデザイン科は先生4人に対して、生徒2人という贅沢な構成になっていて(笑)学生生活の2年間でモノづくりに対して、濃い議論をする時間が沢山ありました。デザイナーの社会的意義や、それこそ地球に対する責任といった哲学的な事まで。

その時に先生から、「我々デザイナーというのは、あえてそこにあったものを無理矢理取ってきて、加工して、製品にする訳だから、それを在庫にして、ましてや捨てるなんてあってはならないよ」と言われた事に感銘を受けたりしていました。実際に学校での実習を重ねていく中で、産地と人がモノづくりにも関わってくるという体験をして、デザイナーとして、産地も含め、社会全体を救うことが出来るプロジェクトはないか?という想いからFROM NIPPONがスタートしています。


※専門学校時代、境さんが手がけた作品(Tsukemono Pod)漬物が出来る過程を見れる様になっている。

 

これからの日本文化に足りないのは挑戦

数々の日本文化や伝統工芸の現場を見てきた境氏に、少し踏み込んだ話を聞いてみた。

>沢山の伝統工芸や、それが生まれる産地を見てきたと思いますが、現在の日本文化や伝統工芸が抱える課題や現状をお教え下さい。

今、産地や作り手も変わろうとはしています。ただ、自分たちがどう変化していくのか?という先(ビジョン)が明確に見えてない点が課題だと思います。

 

>ゴール設定なしに「何かしなければ!」という感じなのでしょうか?

そうです。自分たちのビジョンがあって、その為にどこへ向かうかを決めて、それに向けた努力をするなど、変わる先が明確にあって、はじめて変化が出来ます。ただ実状は、とりあえず全方位的に施策を打ったり、トレンドは〇〇だから、といった市場に左右される変化になってしまっている感じを見受けます。

 

>マーケット(市場)があるところに合わせてモノづくりをするのは、とても良い発想な気がしますが?

それは勿論、そうです。まずは市場があるところに自分たちのポジションを置くことが必要なのですが、そこから先は「新しい市場を自分たちで作り上げる」というもう一歩踏み込んだ考えが必要になってきます。そこの先までを見据えたモノづくりの発想が必要になってくるかと思います。

 

> 産地や作り手は、これからどうあるべきと考えますか?

産地や作り手側には、もっと自分たちの技術が使われている領域の枠から外れて、色んなことに挑戦して欲しいと思っています。これはメーカー側にも言える話ですが、もっと様々な領域で伝統工芸を活用して欲しいですね。例えば、Apple Watchのバンドに各地の織物技術が使われたものが出来ても全然良いですよね。そういった取り組みに、両者がもっと柔軟である事、とりあえず挑戦してみる事がお互いの可能性を拡げていくと感じています。その為に、まずは産地側が既存の枠組みから外れる挑戦に、チャレンジしていく事が大切かと思います。

 

伝統をデザインで支えるFROM NIPPONの今後について

> 最後に境さん・FROM NIPPONの今後についてもお教え下さい。

最終的には、文化や技術の「継承」の部分までサポートしたいです。文化は、継承されてこそ文化であり、歴史になっていきます。今、私たち消費者側も文化や伝統工芸に対して、少なからず興味を持ってきていて産地や作り手に対して目を向けつつありますが、産地側は「このままブームとして終わるのではないか?」と危惧しています。つまり、このブームが終わったら、また産業は下火になる→下火になる産業を下の代に継がせられるか?といった疑問符が産地側にはついています。なので、このブームを文化に定着させる事が必要だと感じていて。じゃあ、その為に何をすれば良いかというと、常に供給が需要をまかなえる様になっている状態が必須条件だと感じています。そうなった状態であれば、作り手は作り手を確保し続けなければならないので、その状態である事が理想であると考えます。

その状態を手がけるプロダクトで作りながら、継承に対しても補完出来るサービスであったり、事業連携をしていきたいと思っています。

 

編集後記

話し方がとても温和で、非常に物腰の柔らかい境氏だが、海外留学から帰ってきて1番の苦労は、アルバイトの面接に落ち続けた事だと話してくれました。その時は、海外の文化が抜けていなくて、言いたいことを何でも言っていたし、多分雇う側としたら相当クセのある奴だと思われていたんでしょうね、と境氏は笑う。「思っている事と、言って良い事は違う。真実を口に出すことは、時には正しくない時もあると学びました」と深い名言を残してくれました。

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